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[1546] 「中津川文芸」拝受

投稿者: 九州文学読書会 投稿日:2020年11月27日(金)13時38分40秒   通報   返信・引用

「中津川文芸」第5号を拝受しました。
初めて送られてきた誌です。
どこかで読書会をやっていると知って送られてきたのでしょうか?
やはり書く者にとって読んでくれるということは嬉しいことですよね。
この誌は復刊とありますので、休刊していたのでしょうか。
小説、詩、短歌、エッセイ、訳詩、戯曲、歴史といろいろあります。
この中では特集で編まれた「私の好き場所」がそれぞれの視点から描かれていて
読んでいて楽しくなります。
小説にはこれと言って取り上げる作品には出会えませでした。
扉にある「ある岸辺」が好短編ですが、作者名が書かれていないのです。
どうしてなんでしょうね。起承転結整って見事な作品なのに!
もしかしたら翻訳されたものでしょうか?
ある男の行動と呟きが映像を見るように描かれてゆきます。
最後は歩いて来たみちを振り返りながらもう少し歩けそうだというところで結んでいますが、
その後の男の行動を予感させます。ほんと何もない三枚足らずの作品ですが、
印象に強く残りました。





[1545] 「詩と眞實」拝受

投稿者: 九州文学読書会 投稿日:2020年11月26日(木)20時22分52秒   通報   返信・引用

熊本の宮川さんより「詩と眞實」858号を贈呈していただきました。ありがとうございます。
宮川さんんの「顰め牡蠣」は力作ですね。リアリティを強く感じました。
これは作者の体験なのでしょうね。と言うか自叙伝に近い作品でしょう。
宮川さんは近年になって益々快調です。もう八十の半ばだと思いますが、すごい書き手ですよ。
作品に重さがあります。最近の小説は軽いのが多いのですが、やはり小説は深く人生を
感じさせるのがいいですね。
「顰め牡蠣」という言葉も初めて知りましたが、なるほどそう言われてみればそんな感じもしますね。
もちろん、それだけではなくて内容的な意味もあるのですけど。
感動しました。ますます頑張って書いていただきたいと思います。
武村さんも二作発表されていますが、例によってファンタジーものです。「顰め牡蠣」に比べると
やはり軽くなりますね。言わんとすることは分かるのですが、読む者よりもむしろ書いている本人の
方が楽しいのではないかと勝手なことを思いました。まあ。楽しみながら書くのもいいでしょうが、
やはり読者は時間を割いて読むわけですから、何か心の琴線に触れるものを書いて欲しいですね。
妄言多謝!



[1544] 1人の合評会

投稿者: 高山植物 投稿日:2020年11月26日(木)16時39分42秒   通報   返信・引用   編集済

第八九州文学秋冬合併号が届きました。お疲れ様です。
巻頭に素晴らしい挨拶文が掲載されていますね。
しかし、私は人の言葉、揚げ足を取る癖があるのか、それとも言葉、文章に繊細、敏感でその底にあるものを汲み取る悪の習性があるのか、、なら、まともな小説を書け!と言われたら感じ易いからと佳作は書けないと言います。どうにも合点がいかずに腹立たしく感じた文章がありました。また諸刃の刀を抜かせて頂きますね。
さる先輩同人が古ければ良いとも分厚ければ良いとも言えない。はい、その通りです。先輩同人は単に各々に少しでも佳き作品を目指せと仰ったのですよ。しかし、続いて、手元の夏号は330ページ、同人誌としては異例のページ数です。だからといって文学の本質を忘れてはならない。とあり、私はこの文章に憤りを感じました。良いですか?この文章は7期の最終刊を愚弄した文章です。
なぜに愚弄した文章と私が捉えたかを書くと長くなります。行間を読む。何も挨拶文でこの文章が必要ですかね?私は悪意を感じました。夏号は渾身のすがたであり文学の本質を忘れてはいませんよ。くだらない、全く人間の善意を汲み取れない文章です。伝統とは形式ではなくて、その伝統の為に時には命を賭して生きた人間の在り方ですよ。あなた方は全く伝統がわかってはいない。仮に私が夏号を編集発行人だったらこの文章に怒髪天になります。では文学の本質とは何ですか?
九州文学は別の名前でも良い、九州文学になっていない、の文章では刺し違えたくなります。では、九州文学になるとはどういうことでしょうか?そこまで仰るなら8期の同人から芥川賞、直木賞作家を出して下さいね。
くだらない、実にくだらない表現をよくもまぁ、巻頭に人間の良心を逸した文章を載せたものですよ。
7期を尊重して8期の新しい価値を添えてこその進歩で、それが文学の本質であり九州文学になるという事ではありませんか。情けなくてたまりません。
7期を激流のように書いてきた者としてです。私の作品の愛読者2人に贈るのが恒例ですが、2人は立派な詩人だから私のように感じたらと思うと恥ずかしくて贈れませんね。執筆者がそんな意味ではないと仰るならば、あなたの言われる言語芸術を知らな過ぎますね。いえ、知ろうとなさらない。ペンは凶器になります。
九州文学になっていない。とは7期の事ですか?8期の事ですかね。不適切を超えて名誉の侵害ですよ。
そこまで言うならば雑誌名を変えたら如何ですか?何人の書き手と読者を得られるでしょうか。いい意味で九州文学はブランドです。ブランドでいいじゃないですか。
先日に東京の商業誌の編集長と電話して、私が九州文学同人と名乗ると言われました。  九州文学には関心があります。ハザマ編集長がお辞めになるとは本当ですか?と。伝統とは雑誌の名前とそれに関わる人間の努力を認められるものです。
私はヘタクソな小説を20作以上も発表してきましたが、文学の本質は7期にありましたよ。いかにして書くか、いかに文学を燈とするかと自問自答を繰り返してきた時に、私の命は正に滾りました。同人として九州文学を信じてきて楽しさだけが残り大切な価値です。
物書きは暴れん坊が多いけれども、ホントの暴れん坊の名だたる作家は実は誠に人の道をわきまえていたというような意味を、安吾が言いました。
サラバだ!九州文学。ありがとうございました。



[1543] 夢のまた夢の夢

投稿者: 庶民ロマン派 投稿日:2020年11月25日(水)19時56分47秒   通報   返信・引用   編集済

芥川賞候補、、、少女の時から鼻息荒く芥川賞候補になる!と恥も知らずに言いまくり、去年は直木賞を目指して散った父の遺影の裏に、ミミズが這ったような字で、芥川賞候補はムリだから他の文学賞をとる!と書いたのは父が祖母の遺影の裏に、直木賞をとる!と書いたのを真似た。くだらない事を大真面目にするばかり。笑いたきゃ笑えと呟いて。
今更ながら九文の先人は素晴らしい。この私をどうかしてくれ!とひれ伏したかったな。林芙美子文学賞はまた一次も無理だった、、。返り討ちばかりでもう流す血も無くなったよ。小説家を目指す人はどの時点で諦めるのか?いつになく気弱になりながらも、いつか必ず情熱は実を結びますよ。と励まして下さる方々の顔を浮かべながら、夢のまた夢の夢を妄想して書いている。私、何やっているのかな、、と自嘲してヘタクソなものを書く。



[1542] 芥川賞候補作品

投稿者: 九州文学読書会 投稿日:2020年11月25日(水)10時39分48秒   通報   返信・引用

芥川賞を受賞した作品よりも候補作品の方が面白いということは自分も感じていました。
それぞれ読む方の人生体験、あるいは感受性の違いもあると思いますが、
このほど候補作品をそろえた作品集が出版されました。
興味深いですね。この中の二人は知り合いです。
二人とも「文芸思潮」の編集その他に関係していますが、一人はお亡くなりに
なりました(河林さん)。まほろば賞(一時は銀華文学賞に付随)の河林賞は
この方を称えるものです。小浜清志さんは銀華文学賞、まほろば賞の選考委員です。
なお、仲村地平さん、牛島春子さんはかつての「九州文學」の同人です。
今の「文學界」や「新潮」などの雑誌を買って読むならこの単行本の方を読んだ
方が参考になりますよ。






[1541] どツボ

投稿者: 庶民ロマン派 投稿日:2020年11月22日(日)19時37分28秒   通報   返信・引用

表現を掴もうと四苦八苦したら息切れがして惨憺たるも寝付いてしまった。数日間電気も点けずに布団に丸まって呻吟してた。なんだか背中に包丁を突き付けられいる気分だった。作家になりたいよぉ~お願いしますだお代官様!あの人、この人の忠告がヒリヒリ思い出しては頭を抱えていた。そんな時にある人から電話があり、私はどうにもこうにも書けないと蚊が鳴くような声で言うと、実は貴女から頂いたあの長い手紙は素晴らしかった、見事でした。あの手紙をそのまま作品にしなさいと言われた。アレですか?今感じている事と思っている事を書いただけですぅ。と答えたら、ホラ、あなたの2作目が読売の小説時評で取り上げられた時よりも素晴らしい随筆ですよ。私、随筆ではなくて小説を書いているのですよぉ~。あっ、あの時、編集長がコレは小説として使えますってわけわからん事を言われてホンマかいな!と思ったら取り上げられたマグレですぅ~と急にウサギの鳴くぐらいの声になっていた。気迫ですよ!と、どこかのセンセイと同じ事を言って電話が切れた。可憐な私に気迫か!ヨッシャ、3年前から書いて2つの文学賞で一次で撃沈した悲願のあの作品をやり直そう。文芸思潮の五十嵐先生の指導にありましたが、主人公に魅力げ無いと読者は付いて行けないそうです。ここ、とても肝心要と知りました。
さらばだ布団。もしも半年しか生きられなかったら何をするか、、悲願の原稿をやり直すに決まってる。
それがひとつの私の彼岸だ!と拳を上げた。挙げた拳は下げられない。船頭は自分しかいないね。



[1540] 「新九州文学」

投稿者: 九州文学読書会 投稿日:2020年11月19日(木)11時24分5秒   通報   返信・引用

「新九州文学」という同人誌が昭和30年前後に発行されていたのですね。
これは佐世保市で井上光晴さんたちが出されていたみたい。
写真の7号には井上光晴さんが編集後記を書かれている。
この誌はかって第七期「九州文學」に在籍されていた海帆洋三さんからいただいたものでした。
本箱の整理をしていたら出てきたのです。
海帆さんはこの時は前田榮というペンネームで書かれていたようですね(本名が前田一さんです)。
井上光晴さんや前田榮さんの他には矢動丸広さんも在籍されています。
矢動丸さんとは訪中団のメンバーとして小生も行動を共にして知り合いましたが、そういう話は何も
聞かなかったのですね。もちろん小生がまだ「九州文學」も知らない時代だったのですが。
すでに上記三名は泉下の人となられましたが、これは貴重な資料になりそうです。
そのうち文学館か図書館に寄贈しておきましょう。
ちなみにこの時代の同人費が特別同人で300円、普通同人で100円だったようです。
研究会(たぶん例会?)の会費が30円。定価40円。
これくらいで運営できていたのですね。
もっともカネの価値が違うでしょうけれども。



[1539] 「文学街」終刊号

投稿者: 九州文学読書会 投稿日:2020年11月18日(水)03時42分31秒   通報   返信・引用

東京で発行されていた「文学街」が360号をもって終刊となりました。
寂しいですね。「文学街」とは個人的にもいろいろありましたが、主宰者の森さんとは
宿敵として切磋琢磨してまいりました。それだけに恩も感じ、また尊敬もしていました。
これも高齢化の悲劇ですね。仕方ないと言えば仕方ないことかも知れませんが、後を継ぐ
人もなく、同人雑誌界の先を暗示しているようで余計寂しくなりました。
「文学街」は一時は月刊で発行されていましたよね。
「文学街文庫本」の制作に同人の仲間と参加して読者賞をいただき、「作家&読者の集い」に東京まで
出かけたこともありました。多くの知り合いもできましたが、今は懐かしい思い出となりました。
森さん、どうぞゆっくりと休養なさってください。
贈呈いただいた吉岡昌昭さん、ありがとうございました。



[1538] カンイチさま

投稿者: 庶民ロマン派 投稿日:2020年11月17日(火)13時19分14秒   通報   返信・引用   編集済

全身作家とは、たまらん表現ですな。
そうですね、ボヤボウカウカしてられません!
当たって砕けるぞ!
昔、大江戸線捜査網とドラマがあってナレーションで、
死して屍拾う者なし    が好きだったな!
あと、不良少女と呼ばれてのドラマの中の台詞では
生き残った者が死んだ者の骨盤を蹴飛ばす  なんでの好きだったな!あまり関係ないか。
井上光晴を読んだよ。評論だったかな。懐かしい。
そう言えば、小説は私の遺言だぞ!と怒鳴り散らして書いてた。
砕けることを恐れない。複雑骨折も恐れない。
ありがとう、カンイチ殿。



[1537] 庶民ロマン派 さま

投稿者: カンイチ 投稿日:2020年11月17日(火)09時04分8秒   通報   返信・引用

なになに、執筆の避難所だって?
執筆の避難所なんてありませんよ。
どこにも避難所なんてありません。
それはただの怠けです。自分をそんなに甘やかしてはいけません。
当って砕けろ、でなくちゃ!
前進あるのみ!前進、前進・・・!
そうだ、「全身作家」という映画がありましたね。
井上光晴がモデルでした。と言うか、井上光晴そのものの映像でした。
そう、「全身作家」を目指して下さい。気魄です。
気魄が希薄ではないですか! あなたに足りないのは気魄です。
火の玉のアウトサイダーとなって言葉(文字)と格闘して下さい。




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